七竈の食器棚

徒然なるものを竃につめこんで。

無敵ピンクと戦闘服

 無敵ピンクという言葉を最近よく目にするようになった。きっかけは『初めて恋をした日に読む話』というドラマらしい。横浜流星演じるイケメンキャラクターの髪の毛の色がピンクで、深田恭子演じる主人公の塾講師がその髪の毛の色を『無敵ピンク』と言ったから、だそう。教師と生徒などの恋愛ものが地雷の私はそのドラマを一切見ていないので、無敵ピンクの発祥をこの記事を書こうとするまで知らなかった。だが、無敵ピンクという言葉は妙に気に入っている。

 

 ピンク。昔から割と好きな色だ。クローゼットの中にはあまりかかっていないけど、可愛いと思う小物などはピンクの確率が多い。部屋を見渡せばピンクの小物がいくつか目に入る。化粧品だったりペンだったり、細々したものはついピンクを選んでしまうが、身につけるものではあまりピンクは選んでこなかった。化粧品はともかく、ピンクの服などを身につけるのは勇気がいる。……という話を職場でしたら、上司にツッコミを入れられた。

 

「いや、あのピンクの車選べるんなら服でピンク身につけるのは勇気いらんやろ!!?」

 

と。その瞬間同じく車通勤の先輩が飲んでいたコーヒーを吹いた。

 

 

 そう、今回私が書く無敵ピンクとは、職場で目立ちまくっている私のピンク色の愛車のことである。白と黒の車が多い職場の駐車場でそのピンクはそれはそれは目立っている。もう少し、無難な色にすればよかったかなと思うくらいには目立つ。人と被らない、間違えられることもそうそうない。まさに無敵ピンク…といえば聞こえはいいが田舎ではマジで目立つし誰の車か一目瞭然状態である。いやめっちゃ気に入ってるんだけど。

 

 

 

 上司にこのことをつっこまれた瞬間に頭をよぎったのは、B.I.Shadowに入りたてくらいの高地優吾がドクロの服着るのに勇気がいると言ったら山田涼介に「そんなまっピンクのパーカー着れるならいけるだろ!?」とつっこまれたという記事だった。あれもそういやピンクの話だったな。

 

 

 

 

 

 

 

  私の無敵ピンクこと、ダイハツキャンバスとの出会いは約一年前の春のこと。私はペーパードライバー歴5年の状態で、その無敵ピンクを手に入れてしまった。『自分の分の車がないから』『電車の方が何かと楽』などとのらりくらりと車通勤や運転の練習から逃げていた私と妹をなんとかすべく、娘用の車を買おうと両親が動いたのがきっかけだった。何度か姉妹用の車の購入の話は出て、こういう機能があるといいなどの話は出ていたがピンとくる車がなかった。そもそも私たち姉妹があまりに乗り気ではなかったので、購入の話は立ち消え状態だった。

 

 電車の本数が少ない、JRの最寄駅は徒歩5分の距離だが大雨などですぐ止まる、ということもありそのうち車通勤にしないといけないのはほぼ決まっていた。だが車を運転するのが怖くて、私はずっとペーパードライバーだった。免許を取得してすぐなどは練習もしていたのだが、練習をつけてくれていた父が異動になったり、私が実習や就活で忙しくなったり、就活後は休日出勤が入ったり…と、定期的な練習ができなくなっていた。そのため毎回毎回振り出しに戻っており、気づけば免許取得から数年が経っていた。

 

 2020年、コロナが流行し始め、医療系である私の職場の人手不足がかなり深刻になった。自分の所属だけでなく、他の課の誰が休んでもやばいという状況ができてしまった。

 感染対策もあるし、電車が止まって出勤できないという事態をできるだけ避けるために車を練習しないとまずいわ〜と両親に伝えた、ある3月の日曜日のこと。両親たちは善は急げと強行手段に出た。コロナ対応で疲れ切った体を休めるべく惰眠を貪っていた私を叩き起し、同じく叩き起こされた妹と共にその1時間後には中古車チェーン店にいた。金は出すから車を選べと言うことだった(こんな風に書くとうちが金持ちのように聞こえるが一般家庭である。ただ父の思い切りがいいだけだ)。やる気になった娘の火を消さないうちに、ということだったらしい。いや私は練習に付き合ってもらう機会増えるかもと言っただけだったんだけど。

 

『とりあえず乗りたい車を選べ』という両親に、私と妹は呆然としていた。目の前には色々な車がある。とりあえず、数日前に話が出た時のことを思い出しながらふらふらと姉妹でいろんな車を見て回った。ちなみに中古車チェーン店強制連行は2回目のことだった。1回目はその半年前の話である。その際は気に入った車種はあったものの、店舗にある色があまりにも買うには勇気がいる色で、かつ両親的に視界がアウトだった。『小回りが効くかもしれないが視界が狭い』と。あと煽り運転されそうな大きさとのことだった。かといってデカイのはいやだぞ!?と姉妹で言ったのを覚えている。

 

『軽がいいって言ってたよな』『安全機能と視界の広さは欲しいやんな』『どないしよか』『でもあの車の顔はいらんって言ってたもんな』『お姉ちゃんが可愛いって言ってたやつなかった?それ探したらええやん』『あれもう廃盤らしいねん、その代わりに出たんが機能はいいけど顔が姉妹そろって気に食わんあれ』『詰んでもうたな、廃盤なら修理することになったら困る』

 

そんな会話をしながら見ていたら、ふと妹が言った。

 

『うちキャンバスの顔好きやねんよな』

 

 と、いうことでダイハツキャンバスの売り場に直行。その時あったのはグレーと白のツートンとピンク一色に銀のラインの2色のみだった。キャンバスといえば白とブルーなどのツートンのイメージだったため非常にそのピンクのキャンバスに驚いた。

 

 

『こんなキャンバスあるんやね』『ほんまや、ツートンやない!』『ほぼ一色のキャンバス初めて見たなぁ』

 

 キャンバスは1回目の強制連行の際にも候補に上がった車だった。人気車種だったためか、その時も店舗に一台しかなかった。試乗させてもらった時の視界の広さと車内の広さに驚いたなと思いながら、ピンクのキャンバスを眺めた。ただでさえ可愛らしいキャンバスが、ピンク色なのもあって余計に可愛らしかった。

 

『あぁ、それほぼ新車なんですよ。まだ誰も乗ったことがないんです。いや、正式に言うと店員や客が試乗したくらいちゃいますかね』

 

 目を見張る私たち一家の横で店員さんがニコニコしながら教えてくれた。関東のどこかのダイハツの展示車だったため、新車ではないけどほぼ新車、新古車というやつらしい。なのでこの店舗の中で取り扱ってる車の中では少し高めだけど、新車と比べるとかなり安いという状況らしかった。

 

『……お姉ちゃんこれにしたら?』

『え!?なんで!?』

『一目惚れって顔してるから』

 

  すごい渋い顔しながら車見てたのにこの車見てめっちゃ目がキラキラしてんで、と妹は笑った。

 

『いやでも、あんたも乗るんやろ?それやったらグレーと白のツートンの方がええんとちゃう?』

『いやどうせ乗るのほぼ姉ちゃんやろ。うちほんまに車通勤になるかまだわからんし。お姉ちゃんの乗りたい車優先やろここは』

『いや、でも、可愛いけど、うん…』

 

 そんなことを言ってたらとりあえず中見たらええやろ、と父が言ってきたので試乗することにした。

 

……中身も非常に可愛かった。クリーム色とピンクの、パステル具合がたまらなく好みだった。うわあ無理、好きぃ…!と頭を抱えそうになるくらいには。中身をのぞいた父が『びっくりするくらい女子向け…』と驚く。その父の横で見た母はめちゃくちゃテンションが上がっていた。『いや、むっちゃ可愛い!めっちゃ可愛いやん!!』とひたすら可愛いを連呼していた。うちの母は超がつく親バカかつ可愛いものが好きである。娘が可愛い車に乗っているという状況が大変お気に召したらしかった。

 

 

 

 

 とにかく1番車購入に乗り気じゃなかった私が気に入ったということで、とんとん拍子で契約が進んだ。いやスピード感やばいなと思いつつ、こうでもしないと私が車に乗らないと思われていたんだなと実感した。すまんかった両親。店員さんも『正直初めての車というにはだいぶ贅沢仕様ですよw』と笑っていた。そんなこと、乗る予定の私が1番実感している!と店員を見ながら思っていた。

 

 そして納車されたキャンバスで後日車のお祓いに行くために一家揃って乗り込んだが、運転した父が非常に驚いていた。めちゃくちゃスムーズだと。見やすいと。『こりゃええ車やぞ!めっちゃいいぞ!!』と。可愛い内装を眺めつつ、私はまだその時は自分がこの車を運転することに恐怖感が拭えていなかった。

 

……のちに、この車が特別仕様車だったと知って姉妹で悲鳴をあげた。どうりで見たことないはずである。しかもピンクだもの。田舎町では特に、みんな目立つ色は選ばない。あったとしても白に近い、薄めのピンクである。

 

 

 

 

 

 

……そして練習すること一年、何をするにしても鈍臭く習得が遅い私はなんとか職場と家の行き来はできるようになり、この春から車出勤に切り替えた。

 

 この無敵ピンクなキャンバス、やはりめちゃくちゃ目立つ。そして可愛い。なんせ職員用駐車場で止めることになったところが、駐車場入り口のすぐそばだった。駐車場に行こうとするとすぐに目が入る仕様である。

 新年度に入ってすぐ、修羅場と残業で疲れて帰ろうとした時に、月に照らされて私の無敵ピンクはキラキラと光っていた。まるでスポットライトを当てられたみたいに。周りの車はほぼ停まっていない状態で、無敵ピンクはたった一台停まっていた。

 

 

……か、可愛い!綺麗!!膝から崩れ落ちそうになりながら笑いを堪える私は、さぞ気持ち悪い顔をしていたと思う。だが、可愛い車は確実に私のテンションを上げてくれた。やだ、私の無敵ピンク最強じゃん?可愛いじゃん。最高じゃん…。父上まじありがとう…。

 

 正直、まだ運転はど下手くそである。駐車もめちゃくちゃ苦手で、職場はすぐ停められるようになったもののコンビニなどに駐車するのは四苦八苦している。だが、運転しての通勤がさほど苦ではなくなってきているのは事実である。父が『どうせ乗るなら乗りたい車や』と言ったのはかなり大きかった、と心から思う。すり減った心に目に見える可愛いは大きい。少なくとも今の私にはこの可愛い車は大きな活力になっている。

 

 さてそんな無敵ピンクのおかげで出勤時間に少々余裕ができた私は、前よりも朝の準備に時間をかけることができるようになった。何より、今までならとりあえず起きてすぐにクローゼットの前で適当に服を取って着て…としてたのだが、その日の仕事内容と仕事後のテンションを考えて服を選ぶようになった。前日にコーディネートを考えることが今さらになって身についたのも大きいが。

 

 今までも、修羅場が確定している日はお気に入りの組み合わせの服や、可愛いワンピースで出勤していた。特に昨年は多かった。そうでもしないと、自分の心が折れそうだった。突然同期が当日退職してしまったり、仕事上のパートナーが突然来なくなり代理パートナーとの仕事が1ヶ月続いたり。コロナ禍で仕事が忙しくなったのもあるが、とにかく個人的には苦行が多かった。

 

 すり減った心で帰る時、せめてロッカーの中には可愛い服が待っていると思うとまだなんとか働けた。

 

 私にとって、可愛いと綺麗は武装。可愛い服は戦闘服だ。これをこなしたらあの可愛い服を着て帰れる!という自分を鼓舞するアイテムだ。

 

 そして今は、無敵ピンクが私のそばにいる。この無敵ピンクに似合う服で出かけたいと思うようになった。行くのは職場だけど。というかぶっちゃけまだ職場とその周りのコンビニと銀行しか行けてないけど。なんなら1日のうち私服姿は2時間くらいだけど。

 でも行き先はどこであれ、可愛い服で出かけたい!と思うようになり妙に自分でもこだわりだした。この組み合わせはどうだろう、これはどうだろうと、今まではあんまりしなかったコーディネートを考えるようになった。……これには、Snow Manが掲載されたことでファッション誌を買って読むことが増えたからも大きいとは思う。これなら似たアイテム持ってる。これもこれとならできるな、というのが分かるようになった。ただなんとなくしか組み合わせて来なかったものが、一気にレパートリーが増えた。こんなに私のクローゼット、いろいろ出来たんだ。目から鱗だった。戦闘服、こんなにある。私はまだ、戦える。特に、白の七分袖に白のズボン、そして気分に合わせたジャケットを羽織る組み合わせが大好きだ。福袋に入ってたものの合わせるのが難しかったラベンダーカラーのカーディガンも、この組み合わせなら可愛く着ることができる。春しかできない楽しいコーディネートだ。

 

 どうやら傍目から見てもテンションが上がってるらしく、最近よく目がイキイキしてると言われている。車出勤に切り替えてよく寝るようになりました!と言ったら大体納得されるしそれも理由だとは思うが、お気に入りの戦闘服ラインナップが増えたのはとても大きい。

 

 そうなるとどんどんアクセサリーも増やしたくなった。この服に合うイヤリングが欲しい。ネックレスも可愛い。メルカリで買ったヴィンテージのDiorイヤリングが可愛かったのも大きいかもしれない。物欲が増えてしまったのはちょっと頭が痛いけど、可愛いものを眺めるのはとても楽しい。

 

 そんな日々を過ごし始めて1ヶ月になる先日。帰りがけに同期の男とすれ違った際に呼び止められた。『このコロナ禍にこの後デートか?』と笑われた。着ていたのは特にお気に入りの、ミントグリーンのワンピースだった。オフィスカジュアルでも通用するワンピースだが、元の購入目的は緑色が好きだった元彼とのデートのためだったなと思い出した。

 

『このコロナ禍に出かけられるか!ただ着てきただけ』

『いやそんな服着てるんやったらなんか意味あるやろ』

『あるとしたら連休直前の修羅場で戦うための鎧やね』

 

 そんなペラペラの鎧があるかと言いながら、彼は私から離れていった。連休直前で予約が多く、修羅場が確定していた。だからとびっきり好みのワンピースを着てきた。ちなみに連休後の修羅場に着るワンピースももう決めている。……まあこの男に理解されなくてもどうってことはないけど。ふと、出入り口の非接触型体温計兼サーモグラフィーに映る自分を見た。特に修羅場が確定している日だったから、化粧もいつもよりも丁寧にしていた。なるほどたしかに、人が見たらこの後映画にでも行きそうな格好だなとは思った。まつ毛も上がってるし目に光が入るし、耳元のイヤリングがキラキラと揺れている。修羅場後とは自分でも思えないほど顔が明るかった。

 

……昨年、通勤途中にこのまま駅で降りずにどこかに行こうかと思ったことが何度かあった。それならまだマシで、このままホームに飛び込んで仕舞えば楽になるかなと思ったことがあった。昨年の秋の終わりから冬にかけてが1番多かった。その時は、来年には目黒蓮の教場がある!とか滝沢歌舞伎ZEROの映画がある!!とか必死に楽しいことを考えていたけど。推しの未来の活動にすがるのは昔から変わっていない。でもあの時は本当に気持ちがどん底だった。職場の行き帰りの日課になった、出入り口での体温の確認。そこに映る自分の目は、この上なく黒く落ち窪んでいた。

 

 あれから半年。…たった半年なのかもう半年なのか。サーモグラフィーの中の私は、昨年冬の私と比べるとかなり変わっていた。たまたま戦闘服でテンションが上がっているからかもしれない。その日、殿堂入りの推し、山田涼介のサーティーワンスペシャルパックの発表があったからかもしれない。

 

 でも、私はまだ戦える。まだこの職場で頑張れる。妙な確信をそこで得た。ぶっちゃけ流れでついた仕事だしいろいろ不満もあるっちゃあるけど、職場の人には恵まれてるし何より結構この仕事が好きだ。

 

 このコロナ禍で、これから職場はまた劇的に変化するかもしれない。そうなると戦闘服で気合を入れる!なんて言ってられないほどしんどくなる日が来るかもしれない。無敵ピンクでどこかに逃げたくなる日が来るかもしれない。その時はその時だ。

 

 連休後、きっと職場は人で溢れかえってる。電話はひっきりなしだし入って1ヶ月のパートナーとかはてんやわんやでパニックだろう。でも、きっと大丈夫。裏に停まる無敵ピンクを眺めながら、私は確信している。