七竈の食器棚

徒然なるものを竃につめこんで。

保険の契約をしたのであと3年は死ねなくなった。

 いつ死ぬか分かんないしな、と思ったのが契約のきっかけだった。もともと医療保険に入るつもりで保険契約の予約をしたのに、頭に残っているのは資産運用かつ介護保険も兼ねたものの契約だ。資産運用のための保険だけど契期満了前に私が死んだとしても一定の保険料は下りるというものである。積立NISAと違い、保険会社が保険料を元手に資産運用してくれると言うのも魅力の一つだった。月々の保険料で自分専用のトレーダーさんを長期契約で雇った、と考えると安いものだと思う。とてもありがたい話だ。

 

 医療保険の会社や商品名は、職業柄どうしても目にする。そして、若くして難病になってしまった人や検査して速攻他科に送られて手術!入院!!みたいな人もどうしても見る。だからこそ保険に早く入らねばならない…と思いつつも26歳を目前にした秋までズルズルと入らないでいた。23歳になる少し前に、銀行で話を聞いたことはあった。その時話をしてくれた行員さんは『今の七竈さんのご年齢ですと、お友達とのランチ代にちょこっとプラスした保険料でこれだけ保障がついてくるんですよ』とニコニコと笑っていた。

 

 だが何かのオタクである友人たちとのランチはサイゼリヤ天一などが多く、「高くね!?ていうか世間一般の新卒女子の友達とのランチ代っていくらよ!?」となってしまいとりあえず一旦保険のことは蓋をすることにした。『(オタクじゃない)友達少ないからランチ代わからないです』と言って困らせてしまったお姉さん、あの時はごめんなさい。

 

 そんなこんなで月日が過ぎ、とりあえずアラサーに差し掛かる25歳までには保険に入ろうと決めていた。が、25歳になる年は世間や職場、そして個人的にもいろいろ事件がありすぎて真剣な保険の検討は一年伸びてしまった。

 

 月々の保険料の支払いが起きても大丈夫だなと思える貯金額になったのが保険を真剣に考える要因の一つにもなったと思う。…が、その貯金額になってすぐに新卒時代から一緒に仕事をしている先生の異動が決まり仕事が色々とエグいことになり、気づいたら10月。やべえぞ誕生日までひと月じゃん!?となってしまった。ネットで保険を見る毎日。……わからんかった。これはもう保険のプロに聞くしかねえ。となって行きやすい店舗をネットで予約し、ようやく重い腰を上げたのがつい先日だ。大事な話だし、と年相応に大人っぽく見えるようにちゃんと顔を塗装して向かった。

 

 目的地は大型商業施設。その一角に数年ほど前にできた保険代理店。入り口でくまのぬいぐるみがオリックスバファローズのユニフォームを着ていた。お、ここはオリックス推しか?藤原丈一郎呼ぶか??と思いながら入ると、キリッとした顔立ちの、自分より少し年上くらいのお姉さんが出迎えてくれた。

 

「新規の医療保険の検討がご希望とのことですが、まず保険の種類からまず説明させていただきますね。」

 

 そこから、お姉さんと備えたいものの話をしていく。子宮頸がんワクチン打ててないのでがんは心配なんですよね。職場が病院故にやっぱり色々なものを見てしまうのでちょっと不安になってなんて話をしながら保険をどれにするか絞っていく。

 

 不安なこと、備えたいもの、疑い病名のある持病(大したものじゃない)。

 

 いろんな話をしているうちに、お姉さんから不意に出たのはこんな話だった。

 

「病気がきっかけで介護が必要になるって方もいらっしゃいますし…資産運用もできて介護保険も兼ねてるものもあったりするんですよね」

 

 積立になるんですけどねー、と言いながらお姉さんが出してくれたのが、保険会社が保険料を元に運用してくれる『変額保険』だった。え、これiDeCoとかNISAみたいなやつか???とドキっとしたのだが、死亡した時も保証が出る、ということに個人的に惹かれてしまった。25歳といえども、人はいつ死ぬかわからない。

 

……今死んだとして、私が周りに残せるものは、なんだろう。悲しんでくれる人はいるだろうし、親バカなんて言葉が可愛く思えるくらい愛が重い両親は半狂乱になる気がする。悲しみ以外に残せるものは、なんだろう。お姉さんの説明を聞きながら、昨年永遠に会えなくなった人たちの顔が浮かんだ。

 

昨年、私が密かに慕っていた人が自殺し、新卒の時に仲が良かった同期は体調を崩して退職した。同期は生きているが、その人が使用した退職代行サービスの命令で連絡を取っては行けないという決まりになっている。

 

密かに慕っていた人は、元気でお菓子が大好きで、でも無理をしがちな人だった。私が2年目の夏休みの時に買ってきたお土産のお菓子を、『内緒ですよ?』と悪戯っぽく笑ってガッサーと一気に5枚くらいポケットにしまっていた。コンビニで見かけた時は、お菓子をよく眺めていた。お昼の時間になったら誰か一緒にご飯を食べれる同僚や先輩を探していた。猫みたいな人だな、と思いながら見ていた。ちゃんと一緒に仕事をしたことがあったわけではないけど、なんだか個人的には好きな人だった。

 

見ているしか、できなかった。修羅場の時に横からそっとお菓子を差し出すことはできたけど、でも、それしかできないままだった。本当に突然、その人はいなくなってしまった。

 

同期もまた、急にいなくなった。元から体が弱いと本人も言っていたし仕事がきついとは言っていた。残業しつつ、同期が好きなお菓子を二人で食べながら愚痴を言っていた。コロナ落ち着いたら思いっきりラーメン食べたいな、スイパラとかも行きたいな。そんな話をしていた。やがて同期の顔色の悪さが目立つようになった翌週、同期は体調不良で欠勤した。週が明け、今日は行けるよ!と言うLINEが来ていたが、同期は来なかった。出勤してきたもののやはり体調を崩して帰ってしまったと上司の報告があった。その後送った「大丈夫?無理しないでな?」というLINEは、既読がつかないまま一年が経とうとしている。そのLINEを送った半日後、人事部からの報告で同期が即日退職したと知らされたのだ。もう同期に連絡を取ってはいけないとも言われた。無事を聞きたくても、もう聞けない。あの子が元気かすら、私は確認できない。

 

『人生は夢だらけ』なんて言うけど、『人生は闇だらけ』の方が合ってるんじゃなかろうか。いや『人生は夢だらけ』大好きな曲なんだけども。人はいつ死ぬかも、体調が悪くなるかもわからない。自殺した人の持ち物に、まだ使える定期券などがあるという話を聞いたことがある。死にたいと思いながらも定期券を更新し、定期の期限が切れるずっと前にある日突然ふらふらと電車に飛び込んでしまう。それくらい追い詰められた人は突然死んでしまうのだ、と。

 

 

 正直自分自身、ここまで生きていると予想していなかった。20歳になるまでに自殺していると思っていたのだ。意外としぶとく生きているが。でもいつ死ぬかわからないし、いつ急に家を飛び出したくなったり、職場に行けなくなるか分からない。それこそ叫びながら車で山に突撃してしまう日があるかもしれない。

 

 衝動的に死にたくなる瞬間は、年に何度かある。それを思いとどまるためにも、入っとくか保険。今死んだら周りが受け取れるお金安いぞ、と。そんなことを考えながら保険を契約した。契約後3年以内に自殺したらお金は降りないそうだ。なるほど、では3年は生きねばならないな。

 

  「よく考えよう、お金は大事だよ」と昔CMソングで聴いたことがあったが、ほんとお金は大事。今死んだらお金降りんぞ!!……うん、これは効く。たぶん。いやもしかしたらマジで知らん間に追い詰められてたら、そんなことを考える余裕もないだろけども。

 

 

 

 

 

 

 と、ここまで書いて1週間弱、ようやく保険の契約が完了、承認され証券も届いた。この積立金がいくらになるか数年後が楽しみではある。私は浪費と貯金が趣味である。

 

 私が本当に死んだとき、だれが受け取ってくれるかはわからない。いまは一旦、母の名前にしておいた。絶対言えない。縁起の悪いと怒られそうだからこっそりじぶんノートに残しておくことにする。

 

 さて、私が死ぬとき、もしくは満了で受け取ることになった時、このお金はいくらになっているだろう。ちょっと楽しみである。