七竈の食器棚

徒然なるものを竃につめこんで。

おやつカルパスが開かなくてウロウロしています

 おやつカルパス50本入りのパンダの箱の前で、あるドクターはそう言った。いや開けたらええがな!!!と思いながらもそりゃまぁ私たちが買ってきてるし他のお菓子も開いてるから遠慮するか…と思い直して箱を開ける。彼は嬉しそうに1本開けて口に放り込み、さらに2本白衣のポッケに忍ばせて行った。私はその日も昼食抜きであろう担当ドクターのために5本ほどひっつかみ、そのドクターが好きなお煎餅などと混ぜてドクターのデスクに持って行った。

  開いたら最後、2〜3日でこのおやつカルパスは事務、ドクターによって食べられてなくなる。そこそこ早いスピードだとは思う。美味しいし、手軽にパッと手を汚さず机も汚さず食べれるのでありがたいのだ。

 

 

 私の職場は地元ではそこそこ大きな病院だ。加えて、その病院の中でもドクターや患者の出入りが激しい方だと思う。部長クラスのドクター、中堅ドクター、外来に来て数年の若手ドクター、病院にきて一年満たない研修医。看護師さん。そして私たち事務スタッフ。

 私たちが出入りする外来の入り口に、お菓子置き場がある。個包装のさまざまなお菓子はもともとたくさん置いてある(私たち事務がそれぞれ持ってくる)。夏休みシーズンや学会シーズンは先生方のお土産のお菓子で溢れかえる。ちなみに今もさまざまな地域のお菓子がある。

 

 ここのお菓子が尽きたところを見たのは、コロナ初年度の自粛期間のみだ。いろんなお店が閉まり、学会もなくなり、溢れかえるお菓子コーナーはどんどん小さくなり、当時の副部長が「お菓子がない!!」と嘆いたのを覚えている。事情が事情ゆえにリーダーさんも渋い顔をして説明したが、副部長は「じゃあこれで何か買ってきて」と一枚お札を渡しリーダーさんは翌日わんさかファミリーパックの個包装お菓子を買ってきた。「開いてる店がほんとになくて…」と結構疲れた顔をしていた。その横でお菓子大好きドクターは豪快に開けてぶちまけてしまった。すぐに拾い集めたが、この時落ちたお煎餅は大体どれも袋の中で真っ二つだった。

 

 

 ただ、このお菓子コーナーが尽きてるというのはこの職場では由々しき問題なのである。なぜなら、このお菓子がドクターの昼食がわりになることがあるからだ。

 

 

 さっきも書いたように、うちの職場は様々な患者さんが来る。飛び込みでくる患者さんも多く、その人たちも外来で出ているドクターは診察せねばならない。外来は予約患者さんも多く、その予約患者さんも体調によってはさらに検査を追加し時には即日入院の案内をせねばならないなど、とにかく日々いろんなことが起きる。

 そして、状況によってはドクターがお昼を食べ損ねる事態が起きるのだ。飛び込み患者さんを見終えたら、午後の予約の開始時間でしたなんてこともザラである。お昼食べてたら外来が進まない…とお昼抜きで進めるドクターがうちの職場は多い(これは改善すべきなのだが)。お昼を食べてる間に患者が待たされたことにブチギレて、外来でさらにトラブルになんてことが起きるのだ。なんせ急患対応中と放送を入れているのに「急患がなんや俺は予約やねん!!」と怒鳴られたことがある。待てない人はとことん待てないし話は通じない。人の形をしたナニカだなと思う時がある。

 

 ドクターがお昼ご飯を食べられ無さそうと悟ったら、私たち事務は合間でお菓子をいくつか取ってきてせめて何かお腹に入れてください、とドクターたちに差し入れる。うちの職場では、コロナ前から基本お菓子は個包装だった。

 

 それまで、私が持ってきた中でドクターたちのウケが良かったのは福岡土産で買ってきた博多通りもんと、不二家のカントリーマアム『チョコまみれ』シリーズだ。不二家のここ近年のヒット商品であるこのシリーズは、とても美味しいのだが値上がりしてしまい滅多に買えなくなってしまった。バレンタインの職場チョコかよっぽど安いのに遭遇した時にしか買えない。

 先日夏休み明けに『チョコまみれ』『じわるバター』『じわるバターチョコにタジタジ』を持って行ったら、リーダーさんに「これは、一旦奥に隠しておきましょう」とお菓子カゴの奥は奥へと隠された。が、カゴを漁ったドクターに見つかった。「まみれさんはまだ開けへんのですか?」とウズウズするドクターに「先に開けたやつからです」とベテラン事務さんがピシャリと言った。みんなのお母さん的事務さんが言ったのだが、完全に母と子のやり取りであった。特に修羅場の日を狙って開けられたまみれさんシリーズは、それぞれその日のうちになくなった。美味しい故に、簡単に開けられないのがまみれさんシリーズだ。

 

 

 

 

 まみれさんシリーズ並みに好評かつ、開いたらすぐなくなると体感しているのが冒頭に出てきた、株式会社ヤガイの『おやつカルパス 50本入り』である。

株式会社ヤガイ

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 これは口にポンと放り込みやすく程よい塩味がたまらない。かつ、何より他のお菓子と違い、しっかり『肉』なのである。

 

 私は就職するまでこのおやつカルパスを知らなかった。おつまみコーナーや駄菓子コーナー、ドンキにあるよと聞いたが残念ながら私はどのコーナーもあまり寄らないかつドンキは当時の行動圏内になかったのだ。

 

 コロナ禍で死ぬもの狂いでペーパードライバーを卒業し、地元で車で行ける範囲にできたドンキに行ってみたところ、おやつカルパスがあった。あ、これ前に食べて美味しかったやつ、と何の気なしに買い職場に持って行ったところ、飛ぶようになくなった。いやそりゃ美味しいけど、50本のカルパスが3日でなくなったことにそこそこびびった。持ってきた主である私は2本目を食べ損ねた。40個の博多通りもんでも1週間もったぞ…思いながら箱を捨てた。

 

 そしてそれから一年後、たまたま買い物に行った先でおやつカルパスが安かった。久しぶりに食べたいし、先生方もこれ好きだしなと持って行った。

 

 持参して1週間後に開けられたそれは、2日でなくなった。嘘だろ。

 

 いや消費スピードはええよ!!と思ったが、食べ損ねた外来一年目からついている若手ドクターがこぼした言葉で私はその理由を悟った。

 

 

「あぁぁぁ!貴重な肉が…」

 

 

 貴重な、肉。え?と思わず聞き返した。貴重な肉とは、と。

 

「いやね、どうしても患者さん多くてお昼食べ損ねるじゃないですか。ゆっくり食べられないと言うか。そう言う時にチョコでもない、クッキーでもない、なんか塩が効いたご飯っぽいのが欲しい時があるんですよ。お煎餅でもいいんですけど、カルパス結構いいんですよそう言う時に」

 

 ……目から鱗だった。かつ、ドクターたちのお昼事情に胸が苦しくなった。

 

 

 分かってはいた。いつでもドクターたちは病棟や外来を行き来しまくっている。時には朝食抜きで急変患者の対応をして外来にそのまま行って、昼に呼ばれて対応して止まっていた外来を再開させて。先日新人ドクターが、外来の合間で「腹減った…」と項垂れていた。私が知っている別の若手ドクターは、170センチ越えの身長に対し、体重は50キロ前半しかなかった。胸から下げている顔写真と今の写真を比べると、明らかに細くなっている。

 

 見つけたらできるだけカルパス買ってきますね、塩味効いたお菓子も、と返すしかなかった。本当はゆっくり昼食を取ってもらいたい。でも、それが許されない状況であることが非常に多い。理解してもらえない人がいる。そしてその人ほど問題だと叫んで暴れて、周りの職員や患者さんを巻き込んでしまう。

 

 その患者を突き返せばいいと思うけど、病院という性質上そうはいかない。大きな病院であればあるほど。そしてそういう人は他の病院でも出禁で、回り回ってうちの職場に来ているという事情があったりもする。

 

 私はそれ以降、行動範囲内でかつ簡単に買いに行ける距離でおやつカルパスを買うにはどこが1番安いか調べた。幸い、税込でも400円しないところを見つけてそこで買うようになった。大型連休明けでコロナが大流行していた時期は、2箱おかしカゴに入れておいた。

 

 私がカルパスを買ってることが意外だったらしい母が事情を知って、数日後「これ見つけたからよかったら先生方に」とくれた。

 

 

 

 

 

 

 おやつカルパスが高頻度で置かれる時期を乗り越え、先生方もようやく今年は家族旅行に行けたようだった。細心の注意を払って旅行にいけたドクターたちのお土産のお菓子がすごいことになり、しばらくどのお菓子買わんでいいな…と私たちは悟った。積まれた箱の山が何かの拍子に降ってきそうだった。私はカルパスの購入を見送った。なんせ、箱物のお菓子が多すぎてまず賞味期限と消費期限順に並べて消費していかねばならなかった。

 

 そしてまた、冬がやってくる。一人暮らしを始めたので、大型連休明けの時ほど自由にカルパスは買えない。だが。

 

『私も食べたいから』と、とりあえず一箱買った。そして、できればこの冬はドクターたちがゆっくり昼食を食べれる日々でありますようにと、祈るしかない。